2016年02月24日

「愉気と活元運動の会」を開催します。





90年代の後半、コンビニ周辺に現われた
「地べた座り」の若者たちを目にした時の驚愕は
忘れられない、、。

70年代の終わり頃に、舗装道路に俯ぶし
道を「道」としてではなく、ただそこにある存在そのものとして
触れてみて、寝転がってみて、感じるモノこそ
自分が「道」と思っている本当の姿だと、、

社会における記号のようなものや、価値のようなものを
突き抜けたそのものの存在自体こそを感じるべきなのだと、、

そしてそれは、社会的規範からまだまだ遠い子供たちこそ、
登下校と云う目的から反れ、戯れ、道草を食い、こけつまろびつ
しながら、知らぬ間にその本質を掴んでいるのだと、、
考えていた自分にとって、
地べた座りの若者たちの所業は
完全に足元からひっくり返されたような
慟哭ものの、ふざけた所業だった、、、、。

これでは、「脱構築」も何もあったものではないのであり、
価値のずらしと転換どころかただの衰退による廃滅である、、。

80年代後半から「脱構築」と云う哲学の最前線の思想が
流行りものになったが、これが見事に10年をして
脱けたうえにも脱けてしまったのだ、、。


90年代、地べた座りの若者たちがたむろし、
やがてゆるゆるの腰パンで、がばがばと骨盤が
開き切ってしまい、若者特有の腰の強靭さを
失った新世代人が増殖し始めた頃、
人は、人の年代史の下り坂を歩き始めたのだと言える、、
新世紀が明けて、2000年代、リーマンショックで
世界的に社会構造の衰微と限界が誰にも感じられ始めた頃から、
人の体は「動かない身体」になっている、、。



動かない身体は、社会構造の破たんがもたらしたものではなく
「人類のカラダ史」において身体的感受性が衰えてきたのだと
一方では捉えられる、、

そうではなく、
インターネットなどのネットワークや光や音の明滅の
生理的速度を超えた情報の氾濫が
脳に休みなく刺激を与え続けていることによる
体感覚の失調なのだと考えられもする、、

「動かない身体」と云うのは、身体的な感受性が低下した、
と云うことを意味していて、
90年代以降の身体たちが、気配取りや外環境への親和性を
著しく欠きはじめたことにも表われている、、。

胸を硬張らせ、骨盤が弛む、という
身体が外には閉じて、内には集注を持続できないという
大変な難儀な状態に変貌してしまったのだ。


野口整体の基本には
自律調整運動として「活元運動」があるが、
これが「動かない身体」にあって、
まさに自律調整の出にくい身体になってしまった。

活元運動は、「動く」ことで
運動系から神経系統に信号を送り込んで、
それが身体全域の代謝運動や免疫系等への
自律調整へと展開していくものなので
「動かない」ことは、自律調整能力の2割程度をしか
起動し活用できないことになってしまう、、。


地べた座りは、現在でこそクレームや促販上の問題からか
自主規制が行き届いて見かけなくなったが、
「動かない身体」の問題は、
変わらずそこに滞泥し、居座り続けている、、、。

このような難題にあって
強圧的で精神論的な前近代の規律やら規制でもって、
定型フォームに無理やりはめ込もうとする
単純な外圧的志向では精神や身体を
立て直すことは不可能で、
あまりの創造性の無さに
永久にもつれた難問を解くことはできない、、。

それではと、型や定形の無い自由フォームで
やりたいように存分に伸び伸び育てたらどうかと
試行錯誤してみたところ、
これも身体的感受性と云うもの、そのものを
捉える「哲学」を持っていないため
頓挫してしまうという壁にぶつかっている、、、

現代社会では、またも後戻りして規範と規律が基本と、
そのような序章として、
能力(スキル)至上や自己責任論でもって
伏線を張り続けて、何とか
「前近代的芯の通った身体」を復活させたいようであるけれど、、、
既得権や目先のことにしか頭にない人々の
延命のための方便に過ぎないことが透けて見えるため、
身体たちは全く同調しない、、。



この「動かない身体」の縺れて混ぐらがった糸玉を
ほぐすには、身体的な感受性に直接働きかけるより
もう少し大まかで遠い、広い帯域から
なるたけ小さな声で呼びかけた方が
効率的なのである。

これを簡単に言えば、気的な感受性に働きかけることと
言い換えられる、、。

多くの身体がまったく、意識化せず気付いていない
気的な、全体的なやりとり、
関係性の中に潜んでいる身体同志の気の擦れ合いで
生まれる波紋の連携をキャッチする、
そのような気的感受を育むところから進まないと
何とも仕様がないのだ、、、。




この春、、単純に身体を伸び伸び、動かしたいなと思い
活元運動の会を開こうと企画いたしました。

愉気と活元運動という野口整体の基本を
行ないます。
カラダと云うより、大まかな広い気的な感覚で
捉えるという「動作法」を実習したいと考えています。

どなたでも参加可能です。
定期講座受講をお考えの方や
野口整体の世界を少しでも体験なさりたいという方も
硬張った身体を春に向けてほぐしたいと希望される方も
どうぞご参加下さいませ。



 ☆「愉気と活元運動の会」

 日程 3月12日(土曜日) 午後1:30〜4:30頃まで
 場所 東京 東日本橋 中央区立産業会館 4F和室 にて

 会費 金3千円

 参加自由ですので、予約等は不要ですが
 お問合せも兼ねて参加希望の旨を
 ご連絡いただけますと助かります。

 お問い合わせは →コチラ まで。















posted by 身体気法会 at 18:25| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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